知財高裁 平成31年(ネ)第10003号
・権利:特許
・ポイント:寄与率
事件の概要
本件は、被告が製造・販売する美容ローラについて原告が2件の特許権に基づいて差止請求・損害賠償を求めた訴訟の地裁判決の控訴審である。
以前サッカー選手のクリスチアーノ・ロナウド氏が美容ローラのCMに出ていた。これはその美容ローラの損害賠償事件である。損害賠償額が大阪地裁では1億0735万0651円だったのに、知財高裁では4億4006万円に跳ね上がった。約4倍である。この金額差は、限界利益に対する覆滅率(製品に対する特許の寄与度)認定の違いよる。
大阪地裁での認定
大阪地裁では以下のように認定している。
本件発明2は,美容器のローラの軸受に関するものであるところ,寄与率は,上記のとおり,特許が製品の販売に寄与するところを考慮するものであるから,製品全体に占める軸受部分の原価の割合や,軸受部分の価格それ自体によって機械的に画されるものではなく,軸受がローラを円滑に回転し得るよう保持していることは,製品全体の中で一定の意義を有しているというべきであるが,軸受は,美容器の一部分であり,需要者の目に入るものではないし,被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり,ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解されるから,本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく,上記事情を総合すると,その寄与率は10%と認めるのが相当である。
知財高裁での認定
知財高裁では以下のように認定している。
ところで,本件のように,特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。 そして,原告製品にとっては,ローリング部の良好な回転を実現することも重要であり,そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の内周面の形状も,原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。 しかし,上記のとおり,原告製品は,一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより,皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから,原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は,ローリング部の構成であるものと認められ,また,前記アのとおり,原告製品は,ソーラーパネルを備え,微弱電流を発生させており,これにより,顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると,本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。 そして,上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。
所変われば品変わる
このように本件では覆滅率が地裁で90%であったのに、高裁で60%になった。地裁では3人、高裁では5人の裁判官という具合に複数人で判断しているにも関わらず、所変われば品変わる、裁判官が変われば覆滅率も大きく変わるというぐらいに知財の価値は評価が難しいと言える。本件特許2はボールがころころ転がるように支持する構造をポイントとしている。製品の外観に現れない部分ではあるが、ボールがころころ転がることは使用感において重要な部分である。そこをどのように評価したのかは不明である。
覆滅率・寄与率
覆滅率と寄与率との関係は以下のとおりである。
減額率=覆滅率=100%-寄与率
寄与率というのは本来特許権者(原告)に立証責任があり、覆滅率というのは侵害者(被告)に立証責任がある。特許権者が訴訟で「この製品について本件特許の寄与率はXX%」と主張すると、減額するための率についてわざわざ私に立証責任を課してくださいと主張していることになり、拙い訴訟の進め方になる。
損害額の計算
特許法102条1項での損害額の計算式は以下のとおりである。損害額=(a-d)×b≦c
a:侵害行為組成物の譲渡数量
b:限界利益=1個当たりの販売利益
c:特許権者等の実施能力に応じた額
d:特許権者等が販売できない事情に相当する譲渡数量
ここで侵害品がイ号物件(製品)の一部の場合、限界利益は製品全体についての限界利益(b)ではなく、その一部についての限界利益(b´)であり、b´=b×寄与率÷100となる。
限界利益とは、以下のとおりである。
限界利益 = (売上高-変動費)÷販売数量
変動費:製品原価(原材料費・仕入原価)・販売促進費等
なお販売促進費等を本件では個別固定費として計算している。
個別固定費:売上高に直接的な関係のある経費。本件では販売手数料・販売促進費・ポイント引当金・見本品費・宣伝広告費・荷造運賃・クレーム処理費・製品保証引当金繰入・市場調査費等。
損害賠償額・4億4006万円は損害金3億9006万円、弁護士費用5000万円を合わせた額である。損害金の計算式は以下のとおりである。
販売総数:35万1724個
製品全体についての限界利益:5546円
覆滅率:6割=0.6
製品の一部についての限界利益:2218円
5,546×(1-0.6)≒約2218円
販売できない事情:販売総数の5割
390,060,000=351,724×2,218×0.5
販売できない事情としては価格差が考慮された。原告製品2万3800円、被告製品3000~5000円、つまり被告製品は原告製品の1/8~1/5の価格となっている。3000~5000円で販売した商品につき2218円を損害賠償として払うのは結構なダメージかと思う。
弁護士費用
弁護士費用は5000万円ってどういう計算か?高裁判決の理由は以下の通りである。
また,一審被告による本件特許権2の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,認容額,本件訴訟の難易度及び一審原告の差止請求が認容されていることを考慮して,5000万円と認めるのが相当である。
弁護士費用は損害金の約1割とされることが通例である。損害金の1割であれば、3900.6万円なのに。残りの1100万円の内訳が訴訟の難易度+差止請求認容分とはそういうものなのか?
ちなみに訴訟の印紙代は、高裁では損害賠償の訴訟額5億に対する228万円であろう。なお原告は地裁では差止と損害賠償の両方を請求している。差止と損害賠償の両方を請求する場合には、それぞれにつき算定された訴額のうち多額である方を基準に印紙代の額を算出することになっている(民事訴訟費用等に関する法律4条3項)。どちらが多額だったのか。損害賠償なら訴訟額が3億なので、印紙代は92万円であろう。差止請求の印紙代の計算式は以下の通り。
ア 原告の訴え提起時の年間売上減少額×原告の訴え提起時の利益率×権利の残存年数×8分の1 イ 被告の訴え提起時の年間売上推定額×被告の訴え提起時の推定利益率×権利の残存年数×8分の1 ウ (年間実施料相当額×権利の残存年数)-中間利息
2件の特許権
この損害賠償事件は2件の特許権が攻撃材料に使われた。こうなると、被告としては防御がしんどい。高裁ではイ号物件(被告の販売製品)は1件の特許権については技術的範囲に属しないが、もう1件の特許権については技術的範囲に属すると認定された。
2件の特許とは、特許5356625号(本件特許1)と特許5847904号(本件特許2)である。2件の特許は、2011年(平成23年)11月16日の同日に出願された2件の特許出願(原出願1・2)をルーツとし、そこからの分割出願の最終形態である。しかも原出願1については拒絶査定が確定したが、8件の分割出願がなされ、8件のうち6件は特許登録されており、残り2件のうち1件は2020年7月14日の時点でまだ出願継続中である。また原出願2については特許登録された上で、3件の分割出願がなされ、うち2件が特許登録されている。こんなにも分割出願されると、第三者としては見極めが非常に難しくなる。しかも本件特許2のポイントとなる点(分割時に追記された点)は原出願2の明細書にはあまり書かれておらず、図面から導き出されている。特許文献から将来の権利範囲を予測する際には十分に注意しなければならない。なお本件特許1は無効審判中の訂正請求により数値範囲が減縮されたが、無効理由の資料には韓国意匠第30-0408623号公報が使われており、特許をなんとしても潰したいという意思が感じられた。
2件の特許出願の公開公報
本件特許1(特許5356625)
本件特許1(無効審判 無効2016-800086により権利範囲が減縮されている。)
【請求項1】 ハンドルの先端部に一対のボールを、相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において、 往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように、ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し、 一対のボール支持軸の開き角度を65~80度、一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとし、 前記ボールは、非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されており、 ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした ことを特徴とする美容器。
本件特許2
特許請求の範囲は以下の通りである。
【請求項1】 基端においてハンドルに抜け止め固定された支持軸と、 前記支持軸の先端側に回転可能に支持された回転体とを備え、その回転体により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容器において、 前記回転体は基端側にのみ穴を有し、回転体は、その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸に軸受け部材を介して支持されており、 軸受け部材は、前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされ、 前記軸受け部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出るとともに、軸受け部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有しており、同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有し、 前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し、前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置することを特徴とする美容器。 【請求項2】 前記軸受け部材は合成樹脂製であることを特徴とする請求項1に記載の美容器。
経過概要
本件特許1は、分割出願日:2013年6月20日、特許査定日:同年(2013年)8月27日、登録日:同年9月6日である。
本件特許2は、分割出願日:2014年9月26日、特許査定日:翌年(2015年)11月25日、登録日:同年12月4日である。
また判決文には訴状送達日の翌日が2016年6月15日と書かれている。
考察
以上を踏まえると、この侵害訴訟は本件特許2の登録日の直後ではなく、本件特許2の登録日から約半年後に始まったことになる。半年後という時間差は本件特許2についての損害の発生を確実なものとしてから訴訟が提起されたかのように見える。しかも本件特許1の登録日が本件特許2の登録日よりもずっと前、2年3か月近く前であるので、原告は2件の特許を使って訴訟を有利に進めようとしたのではないか。
なお損害賠償額は、平成27年12月4日(本件特許2の登録日)から,被告が被告製品の軸受の設計変更を行う平成29年5月8日(乙84,弁論の全趣旨)までの間に販売した数量に基づいて算出されている。軸受の設計変更をもっと早くしておけば、損害賠償額ももっと定額で済んでいた。損害賠償の訴訟を提起された場合、被告側はイ号物件の製造販売を継続するのか中止するのか見極めが重要となる。以上