知財高裁 令和3年(行ケ)第10101号
・権利:商標
・ポイント:公序良俗違反、混同を生ずるおそれ、不正の目的
事件の概要
本件は、事件の対象となっている商標登録について原告が無効審判を請求し、その請求が不成立になった審決の控訴審である
商標公報
原告 引用商標
知財高裁での認定
混同を生ずるおそれ(4条1項15号)は以下のように認められなかった。
a そこで検討するに,本件商標は,別紙1のとおり,中央部に大きく表示された白抜きの「JUMPING SHI-SA」の文字部分が,その下に比較的小さく表記された「OKInAWAn ORIgInAL」及び「gUARDIAn ShIShI-DOg」の二段書きの黒色の文字部分が配置され,上記「JUMPING SHI-SA」の文字部分のうちの「SA」の文字の右側から上方を囲むように動物図形が配置されており,また,本件商標における文字部分全体の面積は動物図形の面積よりも大きいことを看取できる。
文字部分全体と動物図形の面積比を検討している。
本件商標の「JUMPING SHI-SA」の文字部分から,「ジャンピングシーサー」の称呼が生じ,また,「OKInAWAn ORIgInAL」の文字部分から,「オキナワンオリジナル」の称呼が生じ,「沖縄のオリジナル」の意味を,「gUARDIAnShI16 ShI-DOg」の文字部分から,「ガーディアンシシドッグ」の称呼が生じ,「保護者」及び「獅子犬」の意味をそれぞれ読み取ることができる。加えて,「シーサー」は,一般に,「魔除けの一種。沖縄で,瓦屋根などにとりつける素朴な焼物の唐獅子像。」(甲5)を意味することからすると,「JUMPING SHI-SA」の文字部分から,沖縄の伝統的な獅子像である「跳躍するシーサー」の観念が生じる。
文字部分を全体的に判断して、大きな文字部分から特定の観念が生じると指摘している。
そして,①本件商標の本件商標の動物図形が「JUMPING SHI-SA」の文字部分の近接した位置に上記文字部分のうちの「SA」の文字を囲むように配置された配置態様,②上記文字部分及び動物図形の大きさ,③「シーサー」の形状には,様々なものがあるが,その特徴としては,たてがみや首飾り,剥き出した牙,渦巻くような毛並み,太くふっくらとした尻尾等があるところ(甲6),本件商標の動物図形には,首の部分に飾りのようなギザギザの模様,前足及び後足の関節部分に飾り又は巻き毛のような模様があり,尻尾は全体として丸みを帯びた先端が尖った形状等であり,上記特徴と概ね一致することからすると,本件商標に接した需要者は,本件商標の動物図形は,沖縄の伝統的な獅子像である「シーサー」を図形化して表示したものと看取するものと認められる。
動物図形と文字との関連性を示唆する配置態様、文字部分と動物図形の大きさ、文字部分の観念を示す動物の特徴と動物図形との一致性、の3点から動物図形を文字部分の観念を示す動物を図形化したと認定している。
もっとも,本件商標の動物図形と原告の業務に係る周知著名な引用商標とは,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,跳躍の角度,前足・後足の縮め具合及び伸ばし具合や角度,胸・背中から足にかけての曲線の描き方について似通った印象を与えることから,本件商標の動物図形は引用商標を模倣したものと連想,想起するものと一応いい得るが,他方で,上記①ないし③の17 事情に照らすと,「JUMPING SHI-SA」の文字部分があることによって,本件商標の動物図形からは,引用商標から生じる「PUMA」ブランドの観念や「プーマ」の称呼は生じないものと認められるから,本件商標の動物図形と引用商標とに似通っている点があることは,需要者が本件商標の動物図形は沖縄の伝統的な獅子像である「シーサー」を図形化して表示したものと看取するとの上記認定を左右するものではない。
動物図形のみを見比べた場合には登録商標の動物図形と原告のピューマの図形とは類似しているが、登録商標に文字部分があることで、登録商標の動物図形から原告のプーマというブランドは思い浮かばないと指摘している。
そうすると,本件商標の動物図形と「JUMPING SHI-SA」の文字部分は,外観上は区別できるものではあるが,これを分離して観察することは取引上不自然であるというべきである。 したがって,本件商標から動物図形(図形部分)を抽出し,これと引用商標とを比較して商標そのものの類否を判断することは相当ではない。
商標に文字部分と図形とがある場合に文字部分が図形を特定物に想起させるように作用する場合、文字部分と図形とは一体不可分であると指摘している。
(イ) 以上を前提に本件商標と引用商標を対比すると,本件商標と引用商標の外観は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があるものの,引用商標には本件商標において大きな構成部分である文字部分を有していないという顕著な相違があり,両商標の外観は明らかに異なること,本件商標から「ジャンピングシーサーオキナワンオリジナルガーディアンシシドッグ」の称呼が生じ,沖縄の伝統的な獅子像である「跳躍するシーサー」の観念が生じるのに対し,引用商標からは,「プーマ」の称呼が生じ,「PUMA」ブランドの観念が生じるから,両商標は,称呼及び観念において異なるものである。 以上のとおり,本件商標と引用商標とは,外観,称呼及び観念のいずれにおいても異なるものであり,本件商標と引用商標が本件指定商品に使用されたとしても,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるものと認めることはできないから,本件商標と引用商標は,類似しない。 これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。登録商標と原告の著名商標とは全体でみれば、外観・称呼・観念の全てで異なっているので、混同を生ずるおそれ(4条1項15号)はないと認定している。
不正の目的(47条1項括弧書き)は以下のように認められなかった。
原告は,①本件商標の動物図形と原告の業務に係る周知著名な引用商標には高い類似性があり,本件商標と引用商標が同一又は類似の商品に使用された場合,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあること,②被告による被告標章の商標登録の無効審決の確定後の被告標章の使用及びアダルトグッズへの被告標章の使用の事実があること,③本件審判において,被告の自白をもとに,被告の不正の目的を推認させる事情を原告が具体的かつ詳細に立証した後,被告がこれに争わない意向を表明した経緯があることを総合考慮すれば,被告は,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させ,又はその名声を毀損させる「不正の目的」で本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたものである旨主張する。
1)商標登録の動物図形と原告のピューマの図形との高い類似性に基づく誤認混同、2)本事件とは別の事件で無効審決確定後に元登録商標を使用したこと、アダルトグッズへの使用、3)本件審判で被告の自白から被告の不正の目的を原告が立証し、被告が争わなかったことから不正の目的を主張している。
ア そこで検討するに,①については,引用商標は原告の業務に係る周知著名な商標ではあるが,前記(1)ウ(イ)認定のとおり,本件商標と引用商標とは,外観,称呼,観念のいずれにおいても異なり,本件商標と引用商標は,類似しない。 また,本件商標の動物図形と引用商標は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があることから,本件商標に接した需要者は,本件商標の動物図形は引用商標を模倣したものと連想,想起するものと一応いい得るが,「JUMPING SHI-SA」の文字部分があることによって,本件商標の動物図形からは,引用商標から生じる「PUMA」ブランドの観念や「プーマ」の称呼は生じないものと認められること(前記(1)ウ(ア)a)に照らすと,本件商標の動物図形は引用商標を模倣したものと連想,想起するからといって,被告が本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことについて,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させる「不正の目的」があったものと認めることはできない。
シーサの動物図形はピューマの図形商標を模倣しているが、文字部分(SHI-SA)があることによって、ブランドの「プーマ」とは異なると認定している。
イ ②については,証拠(甲61ないし63)によれば,知的財産高等裁判所は,別紙3のとおりの構成からなる被告標章についての商標登録無効審判請求を不成立とした審決(無効2016-890014号事件)の審決を取り消す旨の判決をした後,特許庁が被告標章が商標法4条1項15号に該当することを理由に被告標章の商標登録を無効とする別件無効審決をし,別件無効審決は,令和元年9月2日,確定したことが認められる。
別件無効審決の結果、無効が確定した商標登録
しかしながら,本件商標と被告標章の外観は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があるものの,被告標章には本件商標において大きな構成部分である文字部分を有していないという顕著な相違があり,両商標は,外観,称呼及び観念において異なり,類似しないことに照らすと,原告が主張する被告による被告標章の商標登録の無効審決の確定後の被告標章の使用及びアダルトグッズへの被告標章の使用の事実があるからといって,被告が本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことについて,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させ,又はその名声を毀損させる「不正の目的」があったものと認めることはできない。
無効にされた標章の使用は、本件商標登録を受けたことについて「不正の目的」には直結しない。
ウ ③については,商標登録無効審判の審判手続においては,職権で証拠調べをすることができ,当事者が申し立てない理由についても審理することができるなどの職権探知主義が採用され(商標法56条において準用する特許法150条1項,153条1項),自白法則は適用されないから(商標法56条において準用する特許法151条が準用する民事訴訟法179条の規定から「当事者が自白した事実は証明することを要しない」とした部分の準用が除かれている。),商標登録無効審判の請求人は被請求人が商標登録の無効理由を基礎づける事実について自白した場合であっても,当該事実を証拠によって証明する必要がある。また,被請求人には特許庁がした審決を取り消す権限がなく,商標登録無効審判に処分権主義の適用はないから,被請求人は,請求人の請求を認諾することはできないものと解される。
無効審判では、被請求人は請求人の請求を認められない。
しかるところ,原告が③の根拠として挙げる被告作成の令和2年9月28日付け上申書(甲104)には,「被請求人は,請求人の主張を認め,請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ,本件商標権が遡及消滅することを争わない。」との記載があるが,上記記載中の「請求人の主張を認め」にいう「請求人の主張」を基礎づける具体的な事実が特定されていないから,上記記載をもって被告が具体的事実について自白したものと認めることはできないのみならず,具体的事実を証明する供述証拠として評価することもできない。また,上記記載中の「請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ…争わない。」との部分は請求の認諾の趣旨のものとうかがわれるが,商標登録無効審判においては請求の認諾はできないから,上記部分を斟酌することはできない。
無効審判では、被請求人は請求人の請求を認められない。
次に,原告が③の根拠として挙げる被告作成の平成19年9月12日付け「商標登録第5040036号について①」と題する書面(甲41)には,商標の制作経緯等に関し,「2003年(平成15年)年末ごろ,弊社も新アイテムとして『シーサー』を分かりやすく,そして現代の若者にも受け入れられるデザインをコンセプトにしようと改めてデザインを構想しました。2004年(平成16年)3月ごろ,コンセプトであげた『分かりやすく・シンプルに』と言うことでデザインに当時では珍しいピクトグラム(道路標識や公共施設,非常口など図柄だけで意味を表現するデザイン)を取り入れてはどうか?と,社内で議論しました。そこで,(スポーツブランド)にはシンプルなデザイン(ロゴ)が多数使用されていたことから世界的に有名な『ラコステ』『ポロ・ラルフローレン』『マンシングウェア』『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にして図③のように大まかなデザインができあがりました。空想上の生物なので,伝統工芸の焼き物や民芸雑貨などをシルエット(影)にしてみたものの形状はまだ複雑でシンプルを追求すると(プーマ)風なデザインになっていました。しかし,デザイン(ロゴ)だけでは『シーサー』を表現していると誰も気づかないのでは?等の意見もあり,前述で述べた『獅子面T-シャツ』のように文字(読み方・言い方)をデザインに組み合わせてはどうか?ということで図④になりました」,「その後,何度かデザインを変更して図⑤~⑦を経て現在は図⑧(平成17年から発売)になっています。」との記載がある。 しかし,上記記載中の「『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にし」た,「(プーマ)風なデザインになっていました」旨の部分は,これに引き続きく「デザイン(ロゴ)だけでは『シーサー』を表現していると誰も気づかないのでは?等の意見もあり,前述で述べた『獅子面T-シャツ』のように文字(読み方・言い方)をデザインに組み合わせてはどうか?ということで図④になりました」との部分と併せて読めば,本件商標(図⑥)は,『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にして『シーサー』を表現する意図で作成されたものとうかがわれるから,被告が周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させる「不正の目的」で本件商標(図⑥)の登録出願をし,その商標登録を受けたことを認め,あるいはこれを裏付ける趣旨の記載であると評価することはできない。
別件の商標の作成経緯についての不正の目的については認められなかった。
商標登録第5040036
したがって,上記書面から,被告に上記「不正の目的」があったものと認めることはできない。エよって,原告の前記主張は採用することができない。
(3)小括以上によれば,本件商標は「不正の目的」で商標登録を受けたものに該当しないとした本件審決の判断に誤りはないから,理由がない。
公序良俗違反(4条1項7号)について
2取消事由2(原告主張の取消事由1は,本件商標の商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)原告は,本件商標と引用商標は,文字部分の相違により,商標全体として,外観,称呼及び観念において差異があるとしても,本件商標の動物図形と原告の業務に係る周知著名な引用商標との間に高い類似性が認められ,本件商標は引用商標のデザインの一部を変更してなるものとの印象を与えるから,引用商標の周知著名性と相俟って,本件商標に接した取引者,需要者は,本件商標の構成中の動物図形に着目し,引用商標を連想又は想起させ,その商品の出所について混同を生ずるおそれがあるといえるため,本件商標を本件指定商品に使用する場合,引用商標の出所表示機能が希釈化され,引用商標に化体した信用,名声及び顧客吸引力,ひいては原告の業務上の信用を毀損させるおそれがある,本件商標は,引用商標に化体した信用,名声及び顧客吸引力に便乗して不当な利益を得る等の目的をもって引用商標の特徴を模倣して登録出願し,その商標登録を受けたものであり,商標を保護することにより,商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り,需要者の利益を保護するという商標法の目的(同法1条)に反するものであって,公正な取引秩序を乱し,商道徳に反するというべきであるとして,本件商標は,商標法4条1項7号に該当する旨主張する。
本件商標のうち動物図形と著名商標であるピューマ図形との類似性、および著名商標の著名性から、本件商標は公序良俗に反すると主張している。
しかしながら,前記1で説示したとおり,本件商標と引用商標とは,外観,称呼及び観念のいずれにおいても異なるものであり,本件商標と引用商標が本件指定商品に使用されたとしても,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるものと認めることはできないから,本件商標と引用商標は,類似せず,また,被告が本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことについて,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させ,又はその名声を毀損させる「不正の目的」があったものと認めることはできないから,原告の上記主張は,その前提において採用することができない。
結局、原告の主張は認められなかった。